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Des os à Sotomeyachi

  En raison du sol volcanique, les os sont rarement conservés sur les sites japonais. On les trouve presqu'exclusivement dans les amas coquilliers formés autour des habitats, essentiellement sur la côte pacifique de l'archipel. Les amas coquilliers sont beaucoup plus rares de l'autre côté, vers la Mer du Japon (mais ils existent, hello, Odake), nous avons donc peu d'ossements humains pour toute cette zone.
  Voila pourquoi le site de Sotomeyachi (五月女萢遺跡, préfecture d'Aomori, Goshogawara-shi) est assez exceptionnel : il a livré des sépultures contenant des os, et il n'est même pas un amas coquillier ! Bon, il est tellement près de la mer que des coquillages se sont mélangés au sable du sol pour former un milieu beaucoup moins acide, et beaucoup plus propice à la conservation des os et autres matières dures animales.

  Le site comporte 103 fosses, dont 80 sont probablement des tombes (on espère trouver d'autres ossements à l'avenir). Il est daté du Jōmon Récent et du Jōmon Final (occupation de 1000 à 300 BCE).
  Les ossements ont été retrouvés dans trois fosses : l'une d'elle contenait un adulte complet, dont le crâne montre des extractions volontaires de dents, une autre contenait le crâne d'un enfant d'une dizaine d'années et une troisième un adulte incomplet. Une autre fosse a livré des dents associées à un instrument en jade et des traces d'ocre : il s'agit probablement d'une sépulture avec mobilier funéraire.
En dehors de ces éléments funéraires, on a également retrouvé la trace d'une voie de circulation, des fragments de dogūs (figurines en terre cuite), de sekibōs (sceptres en pierre), des tessons de vaisselles en céramique, jetés dans ce qui semble être un dépotoir.

  Malgré la taille réduite de la collection, au vu du manque de données ostéologiques pour cette région, il s'agit d'une découverte importante et des analyses ADN sont prévues. Chaque squelette permettra un jour d'avoir une vision plus précise des populations jōmons.




Crâne de l'enfant
10 year-old child skull discovered in Sotomeyachi



Sepulture d'un adulte
Adult tomb


Toonippo

 五所川原市相内の五月女萢(そとめやち)遺跡で、縄文時代後期から晩期(約3千~2300年前)のものとみられる人骨が出土した。15日、市教育委員会 が発表した。調査に協力した日本歯科大学の奈良貴史准教授(自然人類学)によると、日本海側で縄文時代の人骨が見つかるのは全国的にも珍しく、「保存状態 も良好で、列島の人類史をみる上で貴重な資料」としている。

 遺跡は十三湖の北側0.5キロ、日本海の海岸から東に1.1キロ離れた場所にある。市教委が2010年から発掘を行っていた。

 人骨は、墓として掘った穴と考えられる土壙墓(どこうぼ)80カ所のうち、3カ所から1体ずつ出土した。3体とも頭蓋骨が残っていたほか、肋骨(ろっこつ)や脚の骨などが見つかった。歯の状態などから1体は10歳前後の子ども、2体は成人のものと推定される。

 別の土壙墓からは、副葬品とみられるヒスイの装飾具やベンガラと呼ばれる赤い顔料と一緒に、3本の歯が見つかった。

 県内では、三内丸山遺跡から、今回発見された物より古い縄文時代前期の人骨が見つかっているが、一般に貝塚以外で縄文時代の人骨が見つかるのは珍しい。 また出土する場所も、土壌の条件などから太平洋側が多く、日本海側では秋田県や富山県などに限られていた。奈良准教授は今回のケースについて「海が近く、 砕けた貝や砂が混ざっていたため酸性の土が中和され、骨が残ったのではないか」と分析している。

 出土した人骨は県外の大学でDNAなどを調べ、詳しく分析する。奈良准教授は「墓から骨が見つかるのは全国的にも例が少ない。今後の分析で、日本海側の 縄文人のルーツや食べ物、現代人への特徴の変化などが分かるのではないか」と話した。県教委文化財保護課の岡田康博課長は取材に「副葬品の分析と合わせる と縄文人の埋葬文化や儀式の習慣、社会の仕組みなどの解明も期待できる」と語った。

 遺跡ではこのほか、土偶の破片や祭祀(さいし)用の石棒、土器が発掘されている。石器や土器の捨て場や道路跡と考えられる遺構も見つかっている。

Sankei

 青森県五所川原市教委は15日、同市の五月女萢遺跡の土坑墓から、約3000年から2300年前(縄文時代後期~晩期)の人骨3体や装飾具などが出土したと発表した。

 貝塚以外で、縄文時代の人骨が見つかるのは珍しく、調査した日本歯科大学の奈良貴史准教授(自然人類学)は「海が近く、砕けた貝や砂が混ざっていたため酸性の土が中和され、骨が残ったのではないか」と分析している。

 市教委によると、土坑墓から成人の全身の骨が見つかり、抜歯したような跡があった。別の土坑墓からは、10歳ぐらいの子どもの頭蓋骨と成人の骨の一部が発見された。また、翡翠の装飾具と一緒に歯も出土した。

 奈良准教授は「縄文人の埋葬や儀礼の文化、食生活を知る手掛かりになる」としている。

Kahoku

青森県五所川原市教委は15日、同市相内の五月女萢(そとめやち)遺跡の土坑墓で、縄文時代の人骨3体や土偶片などが見つかったと発表した。市によると、日本海側で、状態の良い縄文時代の人骨が見つかるのは珍しいという。
 見つかった3体は、10歳くらいの子どもの頭蓋骨、成人とみられる頭蓋骨、成人の全身の骨。ほかに、歯も出土したという。縄文時代晩期(約3000~2300年前)に埋葬されたとみられる。
 市教委によると、日本海側での人骨の出土例は、能代市の柏子所(かしこどころ)貝塚や富山市の小竹貝塚などがあるだけで、貝塚以外となると極めて珍しいという。
 調査した日本歯科大の奈良貴史准教授(自然人類学)は「何らかの理由で酸性の土が中和され、骨が残ったのではないか」と説明。「日本海側と太平洋側の縄文人の生活を比較できる貴重な発見だ」と話した。
 調査では、遺跡内から土坑103基が見つかった。うち約80基が土坑墓とみられ、さらに人骨が見つかる可能性は高いという。
 


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